流通ジャーナリスト金子哲也氏の奥様、金子雅子さんの講演を聞きました

日本ホスピス・在宅ケアセミナー 魂を輝かせる方法

 

2012年10月に41歳で亡くなった流通ジャーナリスト金子哲也さん。

 

その奥様である、金子雅子さんの講演「死後のプロデュース ~エンディングノートの向こうにあるもの~」を聞きました。

 

情報強者でも「死」は意味が理解できない

日本ホスピス・在宅ケアセミナー

 

私はテレビをほとんど見ないので、金子哲也さんという方を知ったのは「死ぬまで病気を隠していた人」との死後の報道(たぶんネットでのニュース)でした。

 

その印象では『亡くなる前にすべてを完璧に準備をしていた人』でしたが、今回の講演では、報道からは伺えなかった、一患者・一患者家族としての裏のリアルなお話を聞くことができました。

 

一人のがん患者の家族として医療に対して思ったこと(治らない患者は診てくれない(注:個人的感想です)、緩和ケアでは傾聴はしてくれるがそれ以上でもなくそれ以下でもない)など、共感する部分が非常に多かったです。

 

 

手術もできない

放射線治療もできない

抗がん剤治療もできない

 

がん患者がそのような終末期に入ったとき、病院から「もう、うちの病院で出来ることはありません」「ホスピスを紹介しましょうか」「自宅へ戻られてはいかがでしょうか」と言われることが、(死ぬと分かっていながらも)がんばって病気を治そうと思っている患者にとって、どれだけひどい言葉がけなのか。

 

うちの場合は、「最期は家で」というのが絶対で明確だったため、医師が「今帰るのはムリです」と言っても「帰ろかー」と聞かなかった父でしたが、「本当は家に帰りたいけど、帰ったらみんなに迷惑をかけるから最期は病院で」と思っている患者にとっては、これらの言葉は、最後の最期に「医療からも見放されてしまった。家に帰っても迷惑に違いない。自分はどこにも居場所がない。」という気持ちになるのではとすごく考えさせられました。

 

(病院も医療ビジネスであり、医師などの医療関係者も組織で動いているので難しい部分もあるのでしょうね・・・)

 

 

また、金子哲也さんは流通ジャーナリスト、奥様の雅子さんは雑誌の編集者。

 

お二人の仕事柄、情報の入ってくる量は日々膨大であり、それらは適切に処理できていたそうです。

 

それなのに。

 

「死」については、医師や看護師から何度同じ説明を受けても、まったく意味を理解できず頭に入ってこなかったとのこと。(だから「何度も何度も、患者や家族に説明してあげてください」と講演の中で医療関係者に言われていました)

 

その他、印象に残った話

  • 「死ぬ」とはどういうこと? 私たちは、これが分からないから怖いのだと思う。
  • 医師やお坊さんに話を聞いてもらって心洗われるのは、彼らにとって死は日常にあり、死にゆく人を生きる人と区別していないからだと思われる。死にゆく人を(否定せずに)死にゆくまま受け止めてくれるからなのでは。
  • 「こうしたい」という患者の意志が、家族だけでなく、医療関係者も含めたすべての人たちを救うことができる。(患者が自分で決めることが大切)
  • その意志を実現しようとがんばれたことが、死後、遺される人を強く支えることになる。
  • 「その命は誰のものなのか?」延命治療を受けるのか断るのか、その返事をするのは患者本人ではなく家族。何かを決めるときは、自分の気持ちよりも患者本人の気持ちを大事にする。
  • 死者は死んだら終わりではなくて、共に今を生きている。

 

など、私がいま放送大学の死生学講座で学んでいることと重なることも多々ありました。

 

 

私が一番伝えたいと思っていたこと、よく代弁してくださいました!!と思ったことを、以下に書きたいと思います。

 

スポーツの試合や何かがんばっていることに対して、私たちは「あきらめない」とか「夢を持てば」とか「目標を持てば」とか「ポジティブに行こう」などと言うことが多いと思います。

 

だけど、

あきらめなければ死なないのか?

夢を持てば死なないのか?

目標を持てば死なないのか?

ポジティブ思考だったら死なないのか?

 

死を前にしては、それら今までの考え方は全く通用しない。(良い悪いではなく話の次元がまったく違うということ)

 

それまでの生き方が全く通用しない。

 

それが死ぬということ。

 

 

金子さんご夫婦は様々な体験を経て、「死ぬことと生きることは同じ」との死生観をご夫婦で共有されることとなったそうです。

 

 

私もまだ死んでいないから、本当に最期はどう思うかは分からない。「それが死ぬということ。」との締めくくりも、今の私は本音ではどうなのかは分からないと思ってます。

 

だけど、

あきらめなければ死なないのか?

夢を持てば死なないのか?

目標を持てば死なないのか?

ポジティブ思考だったら死なないのか?

については、「NO」と言えます。

 

 

ではどうすればいいのでしょうか?

 

 

それは、最期はどう思うかは分からないけど、「生ききった!やり切った!!」と言えるように、魂が喜ぶことをやっていくこと。

 

と同時に、魂が嫌がることはしないこと。

 

これらが大事なんじゃないかなと思ってます。

 

本音の願いを叶えることは、自分も周りも救う

子供のためでもなく、夫や妻や親のためでもなく、社会や周りのためでもなく。自分自身にとっての魂が喜ぶことって何だろう?

 

その状態ってどういう状態?

 

それを実現することが、私の思う願いを叶えるということです。

 

この願いを叶えることは、先ほど印象に残った話として挙げた、「こうしたい」という患者の意志が、家族だけでなく、医療関係者も含めたすべての人たちを救うことができる。(患者が自分で決めることが大切)という部分と重なるのです。

 

 

魂が望む願いを叶えることは、自分勝手なことでも何でもありません。

 

自分だけでなく、周りの大切な人の喜びにも救いにもなるのです。

 

だから、多くの人に本音で願う望みを早く叶えてほしいと願っています。

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