自分がどうしたいか分からないと、終末期にも困る

 

来月、ホスピスケア・在宅介護のシンポジウムへ行く。

 

先日、その参加証と、講演される先生の紹介などが書かれた1cmほどの冊子が届いた。

 

そこで「ホンマやわ!」と膝をうったことを書いてみる。

 

医療者が誠実にニーズに対応しようとしても、それが出来にくい現状とは?

ある医師によると、終末期の緩和ケアにあたって患者や家族と最初に面接して感じるのは「どうしたいか」の明確なイメージがないことだそう。

 

それは、「医療に関する知識不足からでもなく、医療者からの現状、病状、予後の見通しに関する説明不足でもなく、患者自身が『今自分たちが求めていることは何か?』『何が不足しているのか?』が分からないことによる」と感じているとのこと。

 

患者自身や家族がどうしたいのか?

 

そもそも「あれをしなければ!これもしよう!」よりも、「どう在りたいのか?どういう状態を理想としているのか?」がはっきりしていないため、医療者が誠実にニーズに対応しようとしてもそれが出来にくいと書かれていた。

 

いや、本当そう思う。

私自身は、結構切羽詰った感でそう思う。

 

だから、オーダーメイドの人生でなくても、せめてセミオーダー(既製品+一部だけ選ぶ)ぐらいはお勧めしたいと思っている。

 

小さなことから自分で選んでみる

もしも「自分がどうしたいか分からない」「自分で選んでないなー」と思ったら、何でもいいから「こうしてみたい」と思ったことを自分の意思で選んでみよう。

 

どんな小さなことでもいいから「ホントはこっちが欲しかったんだ」ってことを、魂で感じて選んでみよう。

 

  • 流行っているからこっち
  • あの人がこう言うからこっち
  • あの人がダメって言うからやめた

元気なときはそれも有りかもしれないけれど・・・

 

終末期になっても同じように「先生が言ったからそうした」「親戚が言ったからそうした」「こうするのが普通でしょ」と選ぶ基準を他人や社会などの第三者に置いていては、結局自分がつらくなると思うんだな・・・私は。

 

 

私もこわいと思うときやびびるときもあるけど、自分でちゃんと選ぶようにしてる。というか、そうできるように訓練してきた。

 

すると、周りもそうすることを応援してくれる人が多くなってきた。

 

自分で選ぶようになると、誰の責任でもなく自分の責任で「ちゃんと良い人生にしていこう」「良い終わり方出来るようにしよう」って思えるようになるのがいいなって思う。

 

願いっていうのは、周りや社会から押し付けられたものはいくらお願いしても叶わないけど、自分自身が魂から望んでいる願いは叶うんだよ。

 

だから、元気なときにたくさん選ぶ練習をしよう。

 

そして、たくさんチャレンジしていこうよ。

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