「もっとこうしたらいいのに」のこだわりあるところに才能あり!?

 

春名恵です。

 

さて、先日<干支イラストのお手本>の打ち合わせでイラストレーターさんとお話していたとき、「めぐちゃんは『イラストはお願い』って、何のこだわりもなく嫉妬もなく言えるねんなぁ~ 笑」みたいな話題になりました。

 

それについて書いてみたいと思います。(この記事の続き)

 

上手になりたいと思ってないことは、それが上手な人を見ても嫉妬しない

私はイラストが苦手なので、干支イラストはプロのイラストレーターさんにお手本作りを依頼しています。

 

それは、「餅は餅屋に任せるのが早いし、綺麗だし、みんなが幸せになる」という持論があるからです。←って、ちょっと大げさ^^;?

 

イラストは元々自分が上手だと思っていないし、上手になりたいとも思っていない分野。

 

だから、たとえ上手な人を見ても「すごいなー!!」と思いこそすれ、嫉妬という感情はまったく湧いてきません。

 

そんな話をしていたところから広がった話がこちら。

 

嫉妬するということは・・・

もし嫉妬する分野があるとか、「自分なら、もっとこうするのに!」「こっちの方が絶対いいのに!」というこだわりが生まれる分野があるなら、今現在はそれに携わっていなくとも、その才能があるのかも?という話になりました。

 

ちなみに「才能」という言葉については、私は一般で言われるものよりもっと軽くとらえていて、本人の自覚の有無は別として、誰にでも一つはあると思っています。

 

春名のこだわりは何?

じゃぁ、私の場合はどういう分野に「もっとこうしたらいいのに・・・」と思うかな?を振り返ってみたところ、<レイアウト(配置)>かも?と思いました。

 

  • これ、こっちに置いた方がバランスよく見えない?
  • これ、無しにした方がいいよね
  • ここ、足した方がバランス取れるよね

という、筆文字をはじめとする<見えるもの>のレイアウトバランスだけでなく、

 

  • 「もっとこうなりたい」なら、口から出る言葉がこう整えばそこへ行くよね
  • 感情がこう整ったら、こうなるよね

というように、思考や感情など<見えないもの>のレイアウトバランスについても、「こうしたら、望む目的地へ着くのに」というこだわり(?)はあると思います。

 

だから、自分の中でイメージはあるのにその通りにできないというのは非常にもどかしいし、その仕事で生計を立てられていてる人には、嫉妬メラメラという感情が生まれることもあります。

 

 

ただ、よくよく振り返ってみると、その感情が生まれるときは、自分がやるべきことをやっていないことが多いというのもまた事実です。

 

それで生計を立てられている人の<見えている部分>だけに着目すると、楽にカンタンにそのポジションを手に入れているようにみえます。

 

でも、実際はそこへたどり着くまで地道に<準備/仕組み作り>をしていることを知った今は、他人の青い芝生を「いいなぁ・・・・・」と、ただ指をくわえて眺めるだけというのはやめました。

 

他人の芝生もすばらしい。

でも、私の芝生も同じくすばらしいはず。

 

だから、自分の芝生を刈ったり整えたり育て直したりしながら、「その芝生が好き♪」という人に楽しんでもらえる庭になるよう(たとえば、筆文字をもっと楽しめる講座にしたり、いろいろ企画したりするなど)自分のすべきことに集中する!と、嫉妬が生まれたときにはそう気持ちを切り替えるようにしています。

 

※感じた感情は「そう感じたんだな」と存在は認めるようにはしてます=なかったことにしない!

 

 

ちょっと話が脱線してきました^^;

 

年賀状のイラストに話を戻すと・・・

 

そんな感じで、イラストはその才能があると私が思っている人にお任せした方が受講生さんにとっても絶対いい!と思ったので、昨年に引き続き、今年もムカイナオミさんにお願いしたのでした。

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