現世と過去世

明石海峡大橋 魂を輝かせる方法

 

春名恵です。

 

私たちが今この世に生まれてきているのは、過去世でやり残したことや、学びとしきれなかったことを現世でやり直すためと言われています。

 

※過去世 : 今回生まれてくる前の世で、前世とも言う

※現世 : 今生きているこの世

 

この考えに出会ったとき、私はこれまで自分になぜこんな出来事が起こっていたのかに、ものすごーーーく納得できたのでした。

 

これは、あくまで私が好きで選択している考え、フィルターです。

 

そのつもりで、以下お読みくださいね。

 

人は死んでも生まれ変わる

さて、肉体は滅んでも、たましいは前世、前々世そのまた前の過去世からずーっと生き続けています。

 

たましいは、あなたが成長するようにいつも学びを与えてくれています。

 

でも私たちはこの世に生まれてくるとき、肝心の「何を学ぶか」ということは忘れて生まれてきています。

 

しかも、その学びの課題を自分で設定してこの世にやって来ているということも忘れてしまっています。

 

 

また、「何を学ぶか」ということは、みんなそれぞれテーマが違っているため、【あること】がAさんにとってはたやすくできることでも、Bさんにとっては難しい、勇気がいることであったりします。

 

この場合、Bさんにとっての【あること】は現世での学びとなります。

 

AさんはできてるからOK、Bさんはまだできてないからダメというのではなくて、単にAさんとBさんとでは学びの対象が違うというだけです。(国語を学びに来てるか、数学を学びに来てるか、体育を学びに来てるかの違いみたいな感じかな)

 

 

では、もし今回生きてる間に学ぶ予定だったことをすべて思い出せなかったとしたら・・・?

 

大丈夫。来世持ち越しできます(笑)

 

でも、私はできるだけ現世で片付けられるものなら片付けておきたいと思ってます。

 

また忘れて、来世に生まれた後で一から思い出すのもねぇ・・・^^;

 

 

自分に向き合ったりしてるのも、課題を片付けるため。

 

なぜなら、自分で課題を設定してこの世にやって来ているということは、起きている出来事はすべて自分が作り出していると言えるんです。(意識していなくてもね)

 

相手との関係、周りとの関係を見直すと言っても、結局戻ってくるところは自分。自分がその学びを経験するために相手にその言動をさせた、相手があえてその役割をしてくれたと考えます。

 

 

とは言っても、私もその出来事の渦中にいるときはそんな冷静でいられないです^^;

 

それに、はっきり言って、相手や周りに責任を押し付けるほうが簡単。「あいつが悪い。私は悪くないのに・・・」と言ってるほうが簡単。

 

だけど、押し付けたところで、結局自分が目の前の出来事を作り出しているという事実に変わりはないので、それなら最初から自分と向き合い、課題と向き合うほうが早いかなーと。

 

 

私は何のために生きてるの?

この世の中の仕組みは一体どうなってるの?

 

そんなことを知りたい気持ちからたどり着いた「現世、来世」という考え方は、私にはとてもしっくり来たのでした。

 

生きている限り、完璧な人間はいない

私たちがこの世に生まれてきたのが、自分で設定した課題・学びを思い出す、クリアすることが目的であるならば、この世で生きている人に完璧な人はいないと解釈することもできます。

 

なぜなら、どんなに完璧に見える人でも、まだ学ぶことがあるからこの世で生きているわけなので。

 

だから、完璧な自分を目指す必要もないし、完璧でない自分を責める必要もないのです。本当は。

 

それを知った上で、完璧を目指すのは趣味の世界と言えますよね^^

 

 

人生は一回きりと思うのも自由。

人は何度でも生まれ変わると思うのも自由。

特に、自称無宗教者であるならば。

 

では、人生一回きりなら、あなたはどんな人生を生きたいですか?

 

人は何度でも生まれ変わると考えるなら、現世はどのように生きたいですか?

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