事実にフィルターがかかると解釈が変わる

 

春名恵です。

 

本来、事実とはただそこにあるものですが、人は自分でも意識していないうちに様々なフィルターをかけて出来事・物事を見ています。

 

その結果、人によって事実のとらえ方、解釈が変わってくるのです。

 

その解釈を元にしたそれぞれの人の発言は、みんな本当のことを見て、聞いて、感じたことを言っています。どれも間違いではありません。

 

ただ、人の数だけ解釈が存在することになります。

 

テレビのリモコンに何を感じる?

たとえば、あなたの目の前にテレビのリモコンがあるとします。

 

そのリモコンに対して、あなたは何か思いますか?何か感じますか?

 

おそらくですが、多くの人にとっては「ただのテレビのリモコン」ではないでしょうか?

 

ところが、テレビのリモコンで過去に何かあった人にとっては「ただのテレビのリモコン」とは思えないのです。

 

 

たとえば、

  • 小さいときにテレビのリモコンを足に落として痛い思いをした
  • 悪いことしたときにテレビのリモコンで叩かれてイヤだった
  • 叩かれたときに怖かった

など、テレビのリモコンに過去の出来事に対する強い感情を伴っているとき。

 

その人にとってのテレビのリモコンは、ただのリモコンではありません。

 

リモコン=「痛い」「怖い」「イヤなもの」という記憶を呼び覚ますものとして存在しています。

 

これが、ただそこにあるテレビのリモコンに対して、フィルターをかけて出来事・物事を見ている状態です。

 

<参考記事>

フタをした感情も、気づかなかったフリをした感情も、無くなったわけではない!

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