お釈迦さまの教え、論語(孔子の教え)は好きですか?

 

春名恵です。

 

人の行動の源泉は何なのか?

その人はなぜその行動を取ったのか?

なぜ今そう決めたのか?

 

私は子供の頃からずーっとそこに興味・関心があって、催眠療法、コーチング、エネルギーワーク、ヒーリングなど量の多い少ないはありますが学んできました。

 

また、自分自身も様々なジャンルのセッションを受けたり、提供してきたりしました。

 

父が亡くなった後の昨年からは、こちらも量の多い少ないはありますが、死生学、エンディング、仏教、キリスト教について学んでいます。(2018年11月追記:イスラム教もその後、日本人のイスラム教徒や本から少し学んだ)

 

 

さて、神道、仏教、キリスト教は、いわゆる日本の無宗教者の立場ならひとくくりに宗教と片付けてしまうかもしれないものです。

 

ところが、その教えは全然違うものだということを、これまで「無宗教です」と言っていた私がキリスト教の聖書勉強会に参加させてもらうようになってからから、強く感じるようになりました。

 

 

私春名の表現だということを前置きした上で、キリスト教、仏教の教えがどのように違うかをごくごくカンタンに表現すると・・・

 

ミラクル、奇跡が起こるのはキリスト教

ミラクルではなくて、日常生活の教えを学ぶのは仏教

かなと。

 

かなり語弊がある書き方かなとは思ってますが^^;

 

一言でいうと、このような違いがあるように思いました。(どっちが良い悪いではないです、念のため)

 

 

多くの人は”宗教”という言葉自体に様々な意味づけをしていて、「宗教=あやしいもの」と片付けてしまいますが、そう片付けてはもったいない。もっと広い視野で見てほしいと思う。

 

宗教はキライだけど、「お釈迦さまの教え」とか「神様や天使からのメッセージ」とか「八百万神(やおよろずのかみ)」とか「論語(孔子の教え)」は好きな人多いですよね。そこから学べること多いですよね。

 

でもこれら全部宗教ですよね。

 

”宗教”という言葉自体に様々な意味づけをしているというのは、そういうことなんです。

 

ちなみに、店頭に並んでいる自己啓発書、アメリカから入ってきた自己啓発の考えは、キリスト教に基づいているように思います。

 

 

私は「人の行動の源泉は何なのか?」を知るために、また、その人はなぜその行動を取ったのか? なぜ今そう決めたのか? その究極の判断基準を知るために、宗教の考え方を知りたいと思いました。

 

さらに、誰もにいつか訪れる死についての考え方(死後の世界をどう考えているのか)を知りたくて、宗教を学んでいます。

 

死についてのとらえ方は、宗教によって違うことが少しずつ分かってきて、父の死をきっかけにこんがらがっていた頭がちょっと整理されてきた感じです。

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