父の終末期介護での精神的しんどさ

 

春名恵です。

 

父の闘病生活(終末期介護)は58日。

膵臓の末期がん発覚から二ヶ月経たず、この世を去ってしまいました。

 

うちは在宅介護でしたが、その間に入退院を3回繰り返したので、在宅介護期間は一ヶ月もなかったです。

 

でも、本当に、本当に大変でした。

 

 

何が大変かって、父のがんになった怒り、抗がん剤治療へ移れないもどかしさ、その他持って行き場のない怒りの矛先が、私たち家族に向けられていたからです。

 

寝る角度がしっくりこなくて「こっちへ変えてくれ」「あっちへ変えてくれ」と言われたり、一時間おきの水分補給や、その度ごとにベッドから抱き起こしてはまた戻しということで毎日が筋肉痛。

 

そういうことも大変ではありましたが、それ以上にしんどいと思ったのが、自分たちがやったことに対して「ありがとう」の言葉もなく、暴言を吐かれ、怒られ、ののしられ続けたこと。

 

これが本当に辛くて、精神的にしんどかったです。

 

私は仕事へ行くことで外に出ることができていましたが、父とずっと関わっていた母や妹は、私以上に辛かったと思います。

 

いちいちの感謝を求めているつもりはなかったけど、それでもあまりに怒られ、ののしられる毎日だったため、「ありがとうの言葉もなく、こんな文句ばっかり言われたら辛い」と訴えると、「がんで死ぬこと分かってるお父さんの方がもっと辛いんや」と言われました。

 

そう言われると、私たちはそれ以上何も言えませんでした。

 

 

何をやっても怒られ、何をやっても罵られる。

 

お父さんに少しでも長生きしてほしいから、よかれと思ってやったことに対しても「余計なことをするな!」と怒られる。(しなかったらしなかったで「気が利かない」と怒られる)

 

お父さんも声が前ほど出ないため、やってほしいことが私たちに伝わらずイライラ。私たちもお父さんの気持ちを汲み取りたいけど、うまく汲み取れずちぐはぐになってイライラ。

 

そのようなとき、お父さんに思い切って「私たちに望むことは何?」と聞いてみました。

 

すると、「スピーディな対応」との回答が。

 

さらにハイレベルな要求が来たことに、正直、脱力でした・・・

 

 

それでも、私たちなりにスピーディな対応をしていったつもりでしたが、先ほども書いたように、声の出ないお父さんのやってほしいことが私たちに伝わらずイライラ。私たちも気持ちをうまく汲み取れず、ちぐはぐになってイライラ。

 

「ありがとう」の言葉もなく、暴言を吐かれ、怒られ、ののしられ続ける毎日が、精神的にこたえた終末期介護生活でした。

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